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Freaky Friday フォーチュン・クッキー

アメリカ映画 (2003)

1972年にメアリー・ロジャースによって書かれた同名原作の2度目の映画化。1976年版が撮影時14歳だったジョディ・フォスターの役を、16歳になるリンジー・ローハンが演じている〔2歳年上になっただけで、少女映画からハイティーン映画に変わってしまった〕。リンジーは、11歳の時に主演した『The Parent Trap(ファミリー・ゲーム)』(1998)で双子の入れ替わりを見事に演じているので、“入れ替わり役” はこれで二度目になる。ジョディーがその後、大学進学のため一時俳優を休み、復帰後大スターへの道を歩んだのとは違い、リンジーは人気に溺れてそのまま駄作に出続け、ゴールデンラズベリー(最低映画)賞に4回ノミネートされ1回受賞するなど低空飛行のまま現在に至っている。この映画でも、一番目立つのは母を演じるジェイミー・リー・カーティスで、主演のはずのリンジーは形無しだ。

ライアン・マルガリーニ(Ryan Malgarini)は1992年6月12日生まれ。撮影は2002年10-12月なので、撮影時は10歳。『フリーキー・フライデー』(1976)のベンと違い、登場は、単なる「ああ言えば、こう言う」という存在で、重要な台詞は全くない。それでも、2004年のヤング・アーティスト賞(10歳未満)にノミネートされているということは、如何にこの賞がいい加減かを示している。TVで活躍した子役だが、以前紹介した『How to Eat Fried Worms(ミミズ・フライの食べ方)』(2006)で、脇役のベンジーとして出ている。


あらすじ   (関連部分のみ)

映画は、朝のドタバタから始まる。アナはベッドから起きようとしない。母が足を引っ張っても、ヘッドボードの柵を握って引っ張り出されないようにする。しかし、悪戯坊主の弟のハリーが大きな音の出るおもちゃをアナの耳元で鳴らすと(1枚目の写真、矢印)、すぐに飛び起きて弟を追いかける。学校に送ってもらう車の中で、助手席に座ったアナは、耳を見せて、「ここに、小さなピアスしていいでしょ?」と母に訊く。「花嫁付き添い人が、あばずれに見えて欲しくないの」。「 ねえ、ママ、みんなやってるわよ」。母は、後部座席の真ん中に座っているハリーを見て、「みんな? ハリーもしてるの?」と意地悪く言い、元々意地悪なハリーは姉がギャフンと言われて大喜び(2枚目の写真) 。
  
  

その日、アナは自分の責任でもないのに、2回居残りを食らう。帰宅すると、ハリーが大事なギターをおもちゃにしていたので、頭からパンツをかぶせるが、それを見た母の印象がますます悪くなる。そこに、婚約者のライアンがやってくる〔母役がベテランのジェイミー・リー・カーティスなのに比べ、TV俳優のマーク・ハーモンは影が薄い→影の薄い役なので、ぴったりかも〕。ライアンは、ハリーが2人の友達とアイスクリームを食べているのを見て、「おい、夕食が不味くなるぞ」と注意するが、ハリーは、「パパになるって、難しいかな。それとも、簡単かな?」と謎かけのようなことを言い、結局ライアンは、「ママに見つかるな」と言うだけで、見過ごすことに。しかし、ライアンが母とキスしようとすると、ハリーは、「よそでやれよ〔Get a room〕!」と手厳しい(1枚目の写真)。振り向いたライアンは、アイスを食べていたことをバラすと動作で示し、復讐する。ガレージでロックの練習をしていたアナが、自分の部屋に戻ると、そこでは、ハリーがベッドの上に乗り、アナのブラを胸に巻き付け、アナの秘密の日記を2人の友達に呼んで聞かせている。「彼、私の存在すら知らないんだと思う。だから、考えても仕方ないのに、彼のことが頭から離れない」。それだけ読むと、「ジェイク、大好きよ」と全身で表現する(2枚目の写真、矢印は日記)。頭に来たアナは、ハリー達を追い出す。
  
  

その夜、一家は中華料理店で夕食をとる。口のうまい女店主は、「アナ、ハリー、大きくなって!」と調子のいいことを言い、それを聞いた母はハリーの顎を触る(1枚目の写真)。アナは、ライアンが何を話しかけても、ふくれっ面をしてまともに返事もしない。それを見た母は、ライアンが席を立った時、アナを諫める。アナは、明日の結婚式のリハーサルの最中に、ロックのコンクルールに出たいので、低姿勢で謝るが、母は、アナの “ライアンとの結婚を軽視した姿勢” に腹を立て、アナを呼び出して2人で話し合う。その場で、2人は口論になる。その間、テーブルではハリーが祖父の前で、セイウチの真似をしてふざける(2枚目の写真)。料理店の女主人の母は、激しい口論を見て、2人にフォーチュン・クッキーを渡す。2人が、その中に入っていた小さな紙の文章 「旅はすぐに始まる。景品は、互いの目で互いを見られること。汝が過ちに気付けば、無償の愛で元に戻るであろう」 を読むと、地鳴りが起〔実際に2人が入れ替わるのは、翌朝の起床時〕。 
  
  

翌朝、元母は目を覚ますと、目に映った部屋は、アナの汚い部屋。「なぜ、アナの部屋にいるの?」と独り言。「昨夜何があったの? 私、ここで気絶したのかしら?」。そして、髪が異常に長く、真っ赤なマニキュアに気づき、「私じゃない」と愕然。小さな鏡に映るアナの顔を見て悲鳴を上げる。そこにやって来たのがハリー。「アナ、こっちに、早く」。「何?」。「ママが死んだ」。元母が自分の寝室に行くと、そこでは、自分の体がよだれを流して横たわっていた。しかし、呼吸はしている。そこで、「私、死んでない」と喜んだので、ハリーは、「何だって?」と奇妙な返事に驚く(1枚目の写真)。「えーと… ほら、胸が動いてるでしょ。見てごらん、坊や」。ハリーは、自分が「坊や」と呼ばれたことにびっくりする。姉との仲はそんなものではないからだ。「ええ、まあ…」。「病気なの?」。「そうならいい。夢でも…」。そして、「坊… ハリー、朝食を食べてらっしゃい」と頭に手をやるが(2枚目の写真)、これも、アナなら絶対にしないことだ。
  
  

元母は元アナを起こし、2人は改めて悲鳴を上げ、原因が昨夜のクッキーにあると断定する。そして、お互いの変な “いでたち” を批判し合った後、ドアの外にいたハリーに、いつもとは逆の態度をとる。いつも優しいハズの母は、「失せな」と突き飛ばし(1枚目の写真)、いつもはすげないアナは頭を撫でながら出ていき(2枚目の写真)、ハリーを混乱させる 。
  
  

学校に送って行く車の中。今日は、ライアンの車で、助手席に元アナ、後部座席に元母とハリーが座っている。元母は、元アナの座り方が行儀が悪いので、「脚を下ろして」と注意する。それを見たハリーは “アナ” にちょっかいを出し、元母が「ハリー、おとなしくしていてちょうだい」と頼んでも、「うるさい〔Bite me〕」と言い、紙を円錐状に丸めてプーと鳴らす(1枚目の写真)。元アナは、それを見て、「あいつが、隠れてこそこそ何してるか分かったでしょ?」と “母” に言う。その後、元アナと元母は、ライアンの手前、如何に自分たちが悪い母娘だったかを言い合うが、その際、元アナは、“母” のクレジットカードをみつけて大喜び。“アナ” の高校に着いた時、元アナの “母” は、ライアンが、「次はどこだい? ハリーの学校か?」と訊くと、「彼なら、ここから歩いていく」と意地悪く言い放つ。ハリー:「20ブロックあるよ」(2枚目の写真)。「新鮮な空気は体にいい」。「いじめっ子は?」。「逃げて」。ライアン:「テス〔母の名〕、なあ、送って行くのは お安い御用だよ」。「お好きに」。元アナは、そう言うと、ハリーにアッカンベーをする。ハリーは呆れて物も言えない。
  
  

元母と元アナは、中華料理店に行き、こうなったことの責任を追及するが、紙に書いてあった通りにすれば元通りになるといなされただけで、結婚式の料理まで強引に受注させられる。外に出た元アナが、こんな若いのにライアンと結婚するなんて、と “母” に嘆いていると、そこにスケジュール管理の電子手帳のブザーが鳴り出す。ハリーの保護者面談の時間が迫っている。元母は、元アナに15分以内に学校に行くよう指示する。面談で、教師は、ハリーは、①虐められている、②算数の成績が悪い、と指摘するが、元アナは、①精神的に強くなればいい、②留年させればいい、とひどいことを言う。しかし、教師は “母” に、「最も尊敬する人」というテーマで書かれた作文を見せる。タイトルは、「なぜ、お姉ちゃんが一番なのか」。作文は、「僕は、お姉ちゃんが世界で最高の姉貴だと思ってる」という言葉で始まる。「お姉ちゃんは、僕のことがあまり好きじゃないけど」という文章もある〔全文は見えない〕。それを読んだ元アナは、「憎たらしい弟」という既成概念が根本から覆される。教室の外に出ると、待っていたハリーが、「何て言われた?」と訊く(1枚目の写真)。「アナのことを書いた作文を見せられた」。「読んだの? 好きだなんて言わないで」。「どうして?」。「お姉ちゃんとケンカするの、すごく楽しいんだもん」(2枚目の写真)。「あんたって、思った以上に へそ曲がりなのね」。これで、ハリーが “アナ” から嫌われることはなくなった。
  
  

元アナは、ライアンからサプライズだと言われ、スタジオまで連れて来られる。TVのドティ・ロバートソン・ショー〔架空〕でゲストのドタキャンがあり、本を出版したばかりの “セラピストのテス” をライアンが候補に推薦したのだ。“アナ” は全力で抵抗する。元アナには、“母” の書いた本の題名の意味すら分からない。因みに本のタイトルは、「鏡の国のアリス/老化〔Senescence〕による退化」〔アナは “Senescence” という単語を見たことがなかった〕。しかし、番組が始まり、司会のドティが “老い” を話題にすると、ようやく意味がつかめた元アナは、自分が思っていることを自由奔放に話し始める。「大人は、なぜいつも疲れてるか分かる? ホントはしなくていいような、バカげて下らないコトに取りつかれてるから。料理とかね。テイクアウト知らないの? 掃除だって、やらなくて、したって言えば?」。これを聞いて 観客は笑う(1枚目の写真、ハリーは大喜び、ライアンは不満そう、祖父は心配そう)。その後、元アナはさらに過激になり、番組で叫び出す。観客は熱狂したが、困惑した司会は、番組が終わると元アナをスタジオからすぐに退去させる。観客席にいたライアンが、スタッフの1人に居場所を訊くと、10分前に追い出されたと告げた後、「彼女ってカッコいいですね。お尻にサインしてくれましたよ」と言って、サインを見せる。それを見たハリーは、やったとばかりに両手を挙げる(2枚目の写真、ライアンは結婚相手に相応しいか心配になり、祖父はただただびっくり)。
  
  

映画のラスト近く。結婚式の前のパーティ。元アナのライアンに対する偏見は、ライアンが “パーティ会場を抜け出してロックの演奏をさせてくれた” ことで180度変わり、立ち上がって、ライアンを素晴らしい人物だと称える。それを聞いているハリーも嬉しそうだし、祖父も満足そうだ(1枚目の写真)。この “演説” により、「汝が過ちに気付けば」の項が満足されたので、2人の体は元に戻る〔これだと、アナが一方的に悪いように思えてしまう〕。映画のラスト。後日行われた結婚の屋外披露宴で、2人だけ浮いた格好のハリーと祖父がいる。そこに、もう1人手持ち無沙汰な女の子がいて、ハリーの方をチラチラ見ている。祖父は、さっそく、「おい。なぜダンスに誘わない?」とハリーをけしかける。「ありえない」。「ほら、行って来いよ」。「うるさいな」。「若いのに、せっかくの体験を味わい損ねるなんて〔Youth is wasted on the young〕」。「なら自分で誘えよ、クソじじい〔old fart〕」。「おい、ちょっと待て。わしが お前の年頃なら…」。ここで、再び、中華料理店の女店主の母が現れ、フォーチュン・クッキーを2人に渡す(2枚目の写真、矢印は2人に渡されたクッキー)。それに気付いた女店主が体当たりで “クッキーの中の紙” を取り出すのを阻止し、映画はめでたく終わる。
  
  

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